空気の色を、私は見ている

日本には、四季がある。
そして、12の月がある。

当たり前のことのようでいて、実はとても豊かなことだと思う。
同じ一年でも、同じ日は一日もない。

春の空気は、まだ迷いを含んだ柔らかい色をしている。
夏は、強く、濃く、どこか押しつけがましいほどの熱を帯びる。
秋になると、空気は静かに澄み、少し寂しさを含んだ透明な色へと変わる。
冬は、余計なものをすべて削ぎ落としたような、凛とした冷たい色だ。

そして、その違いは季節だけではない。
月ごとにも、空気の色は確かに変わっている。

四月は、まだどこか落ち着かない。
始まりの匂いと、少しの不安が混ざった色。
八月は、生命力が溢れすぎて、少し疲れるほどの濃さ。
十二月は、終わりに向かう静けさと、どこか温もりを求めるような色を帯びている。

年齢を重ね、四十半ばを迎えた頃、
私は、その「空気の色」をはっきりと感じるようになった。

いや、正確には——見えるようになった、と言った方が近い。

街によっても、空気の色は違う。
同じ東京でも、場所が変われば、まとう色が変わる。

ビジネス街の朝は、少し硬く、張り詰めた色。
住宅街の夕方は、どこか安心感のある柔らかい色。
繁華街の夜は、熱と欲望が混ざった、濃く揺れる色をしている。

そして、人もまた、それぞれの空気をまとっている。

自信に満ちた人は、輪郭のはっきりした色を持つ。
迷っている人は、少し曇った、揺らぐ色。
穏やかな人の周りには、触れていたくなるような柔らかい色が広がる。

そのすべてが「固定されたものではない」ということだ。

同じ人でも、日によって空気は変わる。
同じ街でも、時間によって色は揺らぐ。

つまり、この世界は、常に変わり続けている。

昔は、こんなことを考えもしなかった。
目に見えるものだけが現実だと思っていた。

けれど今は違う。

見えないものの方が、
よほど、その場所や人の本質を表しているのではないかと思うようになった。

もし、あなたが少し立ち止まってみたら。
忙しさの中で一度だけ、深く呼吸をしてみたら。

もしかすると、気づくかもしれない。

今日の空気の色。
目の前の人がまとっている色。
そして、自分自身の色に。

それは、昨日とは違う、
そして明日とも違う、たった一日の色だ。

だからこそ、
その色を、少しだけ意識してみる。

それだけで、世界はほんの少し、豊かになるのだと思う。

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